言ってることが通じない!生徒の格差にぶつかる先生へ
日本語が通じない生徒達
帰国子女でも、ハーフでもありません、普通に私たちと同じ国で育っている生徒を目の前にして、あれ?言葉が通じない?という違和感を感じたのが、教員になりたてで最も驚いたことだったかもしれません。
例えば、留年がかかった大事なテスト、教員としても1点でも稼いで欲しい。「〇番~〇番までは、選択問題だからね!絶対埋めなさいよ!」と言います。AかBか書けば、最低50%の確率で点が取れるのです。それを残り時間ずっと言い続けますが、何を先生は言っているのだという感じで、選択肢欄を白紙で出してくる子、本当にいるのです。
先生になった人というのは、全てがそうではないでしょうが、そもそも勉強がある程度できた人でしょう。普通レベル以上の子を指導するのには工夫で何とでもなります。でも、本当の格差はもっと深いとこにあるのです。
外国人生徒さんを相手して見えた事
教員としてレベルアップを目指し、英語を母国語としない人への指導する国際資格を得る為、留学した時の事です。実習として、その街に移住もしくは留学してきているが、英語が出来ないという方をボランティア生徒さんとして招いて、授業をしなくてはいけませんでした。
その中に中華街に移民してきたある中年の女性の方がいました。本当に基礎レベルも知らないので意欲的に参加されています。でも、私も中国語はできません、ご想像の通りこれは大変でした。彼女は私の説明の英語が分からない。私は彼女のわからない事が分からないのです。
それでも、イラスト・ジェスチャーを使って必死にコミュニケーションを取り、他の生徒さんも加勢して、私も中国語も勉強して、なんとか彼女に「学び」を得てもらおうとしました。
そんな中、日本の高校教師時代を想い返してはっとしたのです。もしかしたら、あの子たちはこの中国人の婦人と同じくらい、私の言ってることが意味不明だったのかもしれないと・・・。
当たり前という先入観は捨てる
それから、たまたま中学校で不登校クラスの臨時講師を頼まれた時も、やはり生徒達は私とは全く違う世界にいるように感じる事がありました。廊下をたまたま数人の生徒がぺちゃくちゃと普通の会話をしながら通り過ぎた後、ある生徒が慌ててカーテンを閉め「今あの人たち私の事を笑ってた、どうしよう」と動けなくなってしまった事がありました。
勿論、そんな事はないのですが、「思い込みだよ、きにするな」なんて言ってもしょうがないのです。彼女にとってはそう見えるし、それが大問題なのですから。とりあえず、そのまま受け入れて、彼女の世界にこっちが入らない事には指導はできません。
そんな時、私はまたあの移民の生徒さんたちを思い出します。1人1人違う世界で生きてきた人と思えば、先入観が消えて、なんらかの方法でコミュニケーションはとれるのです。
わからない理由が見えてくる
同じ日本で、同じ学校に通っていても、それぞれ「家庭」という違う世界で育っています。
親になってみると、同じ歳の子がいても、親同士が10歳以上年齢が離れているなんて事は当たり前の時代になりました。話していても「違い」にあたふたする事はよくあります。
なので、先生と生徒の会話が普通に通じないというのは、ある意味当たり前の事でなないでしょうか。先生方は本当に大変です。どんなに、光り輝く原石でも、ずっと親に「受験は人生の無駄だ」と言われて育っている場合もあります。
でも、先入観でぶつかる前に、全ての子が違う世界で生きてきた異文化の人としてコミュニケーション取ってみてください。相手の世界に潜入してみてください。わからない理由がみえてくることもあります。本当の格差は、先生と生徒の格差が埋まらないとなくならないように思うのです。